秋葉山秋葉寺[三尺坊]●秋葉山秋葉寺[三尺坊] 犬居地区・領家
養老2年(718年)僧行基が勧請し、「大登山霊雲院」として開山。弘仁年間(810年~)に「秋葉山秋葉寺」と改称され、鎌倉時代には熊野権現の流れをくんだ修験行者が入山し、室町時代には宿坊が広く設けられ、一大修験場として全国にその位置を確保してきたものと言われています。
江戸時代には秋葉詣が盛んになり、秋葉講が発生し、それにより秋葉道と常夜燈が整備されました。
明治に入り、政府の神仏分離令(廃仏毀釈)により廃寺となりましたが、明治13年に復寺されました。
本堂に「聖観世音菩薩」を安置、真殿に「秋葉三尺坊大権現」を祀ります。三尺坊は、行基の開山から90年後に天狗の様相で出現したと伝えられており、春野町を「天狗の里」と名付けています。
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