「亥の子祭り」は「居残り様」?
旧暦(陰暦)10月、全国の八百万(やおよろず)の神様が打ち合わせのため出雲大社に集まるそうです。ですから、その間は出雲地方を除いて神様がどこにもいない「神無月(かんなづき)」。恵比寿(エビス)、金毘羅、荒神、道祖神が留守を守ります。
恵比寿様はもともとは漁神でしたが、中世のころから商業の神様に、福神信仰の盛んになった室町時代には「七福神」に繰り入れられました。農村では「田の神」、山村では「山の神」としても信仰されています。「恵比寿講」とは、留守を守る恵比寿様をお祭りする慣わし。私が子どもの頃、恵比寿様は足が不自由なので出雲に行けず、「居残り」にされていると聞かされました。居間の高いところに飾られた恵比寿様の祭壇に、本来は鯛を供えるべきなのでしょうけど、生きた鮒を供えた記憶もあります。
また、同じく旧暦10月の最初の亥の日(2008年11月7日)が「亥の子祭り」の日。この日、「亥の子餅」を食べると万病を防ぎ長寿を保って子孫繁栄につながるといわれ、農家では「亥の子祭り」は収穫祭です。
「亥の子祭り」については、すでに説明済みでしたが、「さくま郷土遺産保存館」で、この二つの習俗が合わさった解説を見つけましたので紹介します。
その解説によると…
「イノコマツリ 十月の初亥の日」イノコ、イノコリサマといい、全ての神が出雲に出掛けたあと、留守を守る恵比寿様に芋ボタ餅や、ソバノカイ餅等を供えます。十一月朔日出雲から帰った釜の神は、恵比寿様に「俺の留守にたんとごちそうしてもらっただろう」というと、恵比寿様は「一度だけイノコボタモチを食っただけだ」というと、釜の神は納得したという伝承があります。
また、この日山で猪が山であばれるといいます。(原文のまま*写真をクリックすると拡大して文字が読めます)
お気づきでしょうか?「亥の子祭り」の「イノコ」が、「居残り」の「イノコ」と解釈されています。う~ん、何と自由でのびのびとした解釈。お米が貴重な山里では、お供えするのも「芋」や「ソバ」のボタ餅。「もう、こんなことをする家は、ほとんどないかも知れんけどね…」。これは、「さくま郷土遺産保存館」の説明員のおばちゃんの話。佐久間の山里は、おおらかでいいですね?大好きです!
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