新野の雪祭り  上

 旧  長野県阿南町新野  1月14日・15日
 小正月、新野の里に雪が降る。向こうの山も田も、雪がずんずんつもって真っ白になる。雪を稲穂の花にみたてて豊作の予兆として神前に奉る。祭の日に雪が降らなければ、二里も離れた峠まで取りに行かなければならない。
 静かな山里に祭囃子が聞こえてくる。伊豆神社に向かうお上りの行列が、酒屋や魚屋が並ぶ街道を通り過ぎていく。笛、太鼓に腰鼓と、田楽パレードだ。花笠の白い紙がひらひらと風に舞う。白装束の男の子たちは「びんざさら」を首にかけ、市子と呼ばれる巫女さん役の女の子たちは、緋袴をはいている。どの子の頬もりんごのように赤い。通りは静かなままだ。軒先の祭り提灯がひっそりと寒さにふるえている。店の奥をのぞくと、五穀豊穣を表した餅花が大黒柱をはなやかにいろどっていた。
 夜更けて、出番を待つ庁屋(支度部屋)の壁を、見物人たちが丸太棒で叩きながら、「乱声(らんじょう)、乱声(らんじょう)」と叫びだす。悪霊を鎮める作法なのか、神々への催促なのか。呼び覚まされたように、御神火を移した宝船が、庁屋の軒下から大松明のてっぺんまで紐伝いによたよたと登っていく。行きつ戻りつ、なかなか進まない。船は始めから三度登っていくことになっているそうだが、そのもたつきぶりはとても演出とは思えない。やっと松明に点火され、境内は一転して薪能の舞台となる。
午前1時、雪祭りの庭開きだ。よろずの神が大松明を目印に、天から降りてきた(らしい)。  赤い手ぬぐいを頭に巻いて、羽織をまとった幸法(さいほう)が登場してきた。稲わらをぴんと撥ねた冠を頭に乗せ、神様というのにはちょっと情けない表情のお面をかぶって、ひょいひょいと踊りだす。稲わらの先には五穀の種がこめられている。右手に若松の枝、左手に四角い団扇を掲げて、三々九度と繰り返し踊る。里人の体を借りて降臨する神、幸法は、五穀豊穰、子孫繁栄を祈って舞い続ける。
そのまわりを白の神官姿の男たちが、田楽だけにある楽器「びんざさら」をサラサラと鳴らしながら、ぐるぐると回りだす。笛や太鼓の音が高まる。雪の中に眠っていた田の神様も、なにごとかと起き出す。見ていた女の子が拍子にあわせて体を動かす。
 小学校一年生くらいの男の子は、こんなに夜遅くまでつき合わされてかなわんなあという顔をして踊っている。しかも九回も繰り返されるとあって、足元がふらつきだす。いっぽう新野のエースと思しき若者は、きりりと表情をひきしめて、凛々しいばかりに踊り続ける。
 しんしんと冷えるなか、跳んだり撥ねたり、田楽はいつ果てるかわからない。観客にも疲労の気配がただよい出す。平という氏子が、囃し立てたりけなしたりして祭りを盛り上げる。最後に幸法は、手にした棒を美女に向けてとんとんとつっつく。あれまあ、受け手も陽気にやり返す。子宝は豊作に通じるのだよ。幕間に、野外だから幕は張ってないが、暖を取ろうと、正月飾りの松を積んだ焚き火に当たりに行く。煙が目にしみる。ねぶい(眠い)、さぶい(寒い)、けぶい(煙い)祭りだ。
 ついで茂登喜(もどき)がぴょんぴょんと踊り出してきた。調子がいい、二拍子のサンバ。お面は紅ガラに墨で描いただけの素朴なもの、口を開けて何ともとぼけた顔だ。お面をつけているということは、れっきとした神様なのだ。だが茂登喜はあまり良い神様ではないらしい。股を開いて腰を振り、棒切れをこすったりしている。まわりで「いよぉ、おとっつあん頑張って」などと冷やかす。「頼むよ、去年は七俵しか取れんかったから、今年はせめて八俵お願いします」。痛切なのにコミカル。「それやれ、もっとやれ」。調子が出てきたぞ。みんなは、これで今年は豊作間違いなしと囃し立てる。祭りは神への語りごと、讃(たた)えごとなのだ。技をみせて神を招き、村人の共同化を強めていく。

2011/01/08 11:14



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