花祭り その1

霜月、木枯らしが落ち葉を巻いて吹きぬける。奥三河の集落では、花祭りが七〇〇年以上にわたって伝承されて来たという。日暮れて遠い山道を、花宿めざして訪ねていく。ちらりちらりと花祭りの火が見える。笛太鼓の音が聞こえてくる。どすんどすんと大地をゆるがして鬼が乱舞する。こわい鬼の祭りなのに花祭りという。
お祭りの舞台となる舞処(まいと)に、一夜だけ神様が降りてくる。花祭りは山人(やまびと)の信仰と修験者の宗教が結び付いて発展してきた。悪霊を追い払い五穀豊饒を祈る。南信濃の霜月祭り、遠州の佐久間の花の舞も同系列である。
旧暦の霜月ならば雪も舞う。よりによってこんな寒いときにやるなんて、しかも夜通し。古来,一番太陽の衰える冬至にお祭りをしてきた。これは世界中共通している。一陽来復、大地の下では春の命がひそやかに準備している。「ふゆ」は御魂(みたま)がフユ増殖のために篭(こ)もるという意味がある。冬祭りは、悪魔をはらい、収穫を祈る予祝行事である。寒いからこそ、なおのこと春を待ちこがれる。
祭りの日、花宿に作られた釜で湯立ての神事が執り行われる。花宿が農家の土間にしつらえてある場合は内花、お宮の庭では外花という。祭りを取り仕切るのは花太夫、命人(みょうど)が補佐をする。祭りが始まれば神聖な存在で、又さなどと気安く呼んではいけない。
千早という陣羽織のような衣装をつけた稚児が、若者に抱かれて登場してきた。花笠かぶって花の舞、あどけない手つきで舞う姿が初々しい。いちずな子どもたちにがんばってと声援が飛ぶ。ついで五,六匹のかわいい小鬼が跳ねまわる。こちらもかわいい。物心つけば祭の人となる。
祭りの最初の時間帯は、面をつけない素面の舞がつづく。笛、太鼓の音に合せて扇子と鈴を交差させる。扇子をひらひらさせるのは農耕民族の所作、鈴を振るのは神への振る舞い。テ-ホホテ-ホホの掛け声が、夜の山里に響きわたる。松明に導かれて山見鬼が見栄をきって登場する。えぃやぁとまさかりを振りかざして殴りこみをかける。せいとと呼ばれる見物衆は、わぁーわぁーと恐がって逃げる。もしかして楽しんでいるのかもしれない。
こんなに恐ろしげな鬼とはなんだろう。歴史上、敗者は勝利者によって鬼とされたから、消されていった者は陰(おん)と呼ばれた。鬼の語源である。だがここの鬼は、負のイメージがない。それどころか闇の世界からやってきて、地面を踏みつけて悪霊を追い出しにかかる。強く踏めば踏むほど、田んぼがならされるというありがたい鬼である。百鬼夜行などと、不当に貶(おとし)められた鬼の名誉を回復するために、花祭りはある。

2010/11/19 09:37



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