耳をすませて…小さな頃から憧れている一本の木があります。
それは、あの「この木何の木、気になる、気になる…」というコマーシャルソングで有名な木。
実際の木は日本にはなくて、海外の南の島にあるそうですが、何年経っても、あの木の下に行ってみたい気持ちは消えることがありません。
昔、まだ冷房などなかった時代、人は大きな木の木陰で暑さをしのいだことでしょう。仕事の合間や学校の帰り、立ち寄っては一息ついて、たまたま一緒になった人と、たわいもない会話も交わしたことでしょう。木は人々の癒しの場所であり、コミュニケーションの場所でもあったのだと思います。
いまや、そんな憩いの場所を提供してくれる木は、私たちの近くにはありません。遠い山に向かってはみても、たやすく側にはいけず、その姿を遠くから仰ぎ見ることしかできないのです。
木は、いつのまにか私たちから遠い存在になってしまいました。叶わぬ夢ですが、木と触れて、物言わぬ木の声に耳をすませ、その声を聴いてみたいものです。
そんなことを歌った詩がありました。
感じる心を磨いていけば、もしかしたら、そよぐ風に混じって木の声が聴ける日が来るのかも知れませんね。
木がそこに立っていることができるのは
木が木であってしかも
何であるかよく分からないためだ
木を木と呼ばないと
私は木すら書けない
木を木と呼んでしまうと
私は木しか書けない
でも木は
いつも木という言葉以上のものだ
或る朝私がほんとうの木に触れたことは
永遠の謎なのだ
木を見ると
木はその梢で私に空
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