耳をすませて…

小さな頃から憧れている一本の木があります。

それは、あの「この木何の木、気になる、気になる…」というコマーシャルソングで有名な木。

実際の木は日本にはなくて、海外の南の島にあるそうですが、何年経っても、あの木の下に行ってみたい気持ちは消えることがありません。

昔、まだ冷房などなかった時代、人は大きな木の木陰で暑さをしのいだことでしょう。仕事の合間や学校の帰り、立ち寄っては一息ついて、たまたま一緒になった人と、たわいもない会話も交わしたことでしょう。木は人々の癒しの場所であり、コミュニケーションの場所でもあったのだと思います。

いまや、そんな憩いの場所を提供してくれる木は、私たちの近くにはありません。遠い山に向かってはみても、たやすく側にはいけず、その姿を遠くから仰ぎ見ることしかできないのです。

木は、いつのまにか私たちから遠い存在になってしまいました。叶わぬ夢ですが、木と触れて、物言わぬ木の声に耳をすませ、その声を聴いてみたいものです。

そんなことを歌った詩がありました。

感じる心を磨いていけば、もしかしたら、そよぐ風に混じって木の声が聴ける日が来るのかも知れませんね。

        「木」    谷川俊太郎

   木がそこに立っていることができるのは
   木が木であってしかも
   何であるかよく分からないためだ

   木を木と呼ばないと
   私は木すら書けない
   木を木と呼んでしまうと
   私は木しか書けない

   でも木は
   いつも木という言葉以上のものだ
   或る朝私がほんとうの木に触れたことは
   永遠の謎なのだ

   木を見ると
   木はその梢で私に空

森の声
2008/06/18 13:25



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